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2011/05/12

八日目の蝉

結婚している相手と一緒に暮らし、離婚するという言葉を信じて自らの出産を諦めた希和子。
しかし、その時の手術がもとで子供を産めない身体になってしまう。
本妻が出産したと聞き、様子を見に行った希和子は、2人が外出した隙に赤ん坊を誘拐して逃亡する…

子供がいる母親が見たら感じ方違うんだろうなぁ。

大抵の母親は、子供のためなら死ねると言う。
世界中のキレイなものを見せてあげたいと思う。
同じ女性でも、子供がいない人にはわからない感覚だ。
そんな風に想える存在がいるってちょっと羨ましい。

旦那さんを奪われ、自分が産んだ子供を奪われ、理想の母親になり損ねた妻。
結婚できると思っていたのに子供を産む可能性さえも奪われ、赤ちゃんを誘拐した愛人。
2人の女性のどちらかの視点に立てば、どちらかの行動を恨む。

妻の希和子への行動、戻ってきた我が子に対する行動。
それを見ていると、犯罪だと分かっていてもどうしても希和子寄りに見てしまう。

実際に産んでいなくても、育てることで母親になっていった希和子。
最初は自分のために連れ出したとしても、いつしか自らよりも子供の幸せを望むようになった。
自分が逮捕される時でも、子供のご飯の心配をする台詞が出てくるのは、母の愛情そのもの。
貧しくても、歪でも、このまま2人の幸せな生活が続けばと思わせる。

けれど、実の母も子供がお腹に居る時から10ヶ月ずっと一緒だった。
会えるのを楽しみに待って、苦しんで産んで、たった4ヶ月。
一番手がかかり、一番その可愛さに癒される時を共に過ごせず、親になり損ねたのは希和子のせい。
誘拐犯への恨みを子供にぶつけ、一から母娘の関係を築けなかったのは彼女の弱さだったんだろうけど。

絶対言えるのは、子供は何も悪くない。
強いていうなら父親がバカだった。

愛してくれる母親がいて、一緒に遊ぶ友人がいて、見守ってくれる土地の人がいる。
そんな記憶を閉じ込めちゃわなくちゃいけない程、自分がいけない子供だと思わせてしまった産みの母。
そんな風にさせたのは育ての母。
自分を許して、誰かとつながることを思い出して、「普通」を知っていって欲しい。
そういや、こないだ見たばっかりの『まほろ駅前多田便利軒』で、親から愛されることは無理でも、将来自分が人を愛してあげることはできるって台詞があったなぁ。

そういえば、小池栄子は何気に良い女優さんだと思う。
恵理菜のこれからは、ちょっと一つ区切りがついたけど、千草のこれからの人生はどうなっていくんだろう。
彼女を見ていると、子供にはキレイなものに限らず色んなものを見せてあげて欲しいと願う。
狭い世界でしか育てられなかった子供は、将来苦しむことになるかもしれない。

あと、田中泯さんは相変わらず存在感すごすぎる。
あんな迫力あるカメラマン、びびって声かけられないかもしれない(笑)
映画(劇場) | Comments(0) | Trackback(0)
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