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2011/01/23

チェンジリング

1928年、LA郊外で9歳の息子・ウォルターと2人で暮らすクリスティン。
息子と出かける約束をしていたある日、同僚に泣きつかれたクリスティンは休日返上で職場へと向かう。
仕事を終え帰宅すると、家で留守番をしていたはずのウォルターがいなくなっていた…

見終わった後に、クリント・イーストウッド監督作だと知りました。
いい作品撮るなぁ。

行方不明になった息子が数ヶ月後に見つかったが、迎えに行った先で待っていたのは別人。
けれど、警察には訴えを取り合ってもらえず、親の責任を放棄するのかと責められる。
あげくの果てに、精神病棟への強制入院。

クリスティンへの対応は理不尽であまりにもひどい。
政治的なやり取りだけに気を配ったり、自分達の退官後のことだけ考えてたりするような現代の警察モノを見てもうんざりする。
けど、この映画に登場するLAの警察はそれ以上にひどい。
一体何のために警察官になったのか。

話は感情に流され過ぎないというか、冷静な視点で進みます。
だからこそ、所々に挟まれる心からの訴えが余計に突き刺さる。
クリスティンが何も失うものはないと言った時の笑顔は見てて苦しい。

ただ、どれだけ絶望的な状況でも皆が敵ではない。
彼女が諦めない限り、どこかに味方はいて力になってくれている。

場面は変わって、1人の刑事が不法滞在者を探しに行く様子が映されます。
農場で執拗なまでに映される刃物の数々。
今にも後ろから襲われそうなホラーのような緊張感。
それは、この後に分かる真実への複線。

何十人もの子供を殺してきた犯罪者の手伝いをしたと語る少年。
自身も脅されていたとはいえ、手を貸したことに苦しみ怯えている。
子供達の遺体を掘り起こすシーンは痛々しい。

クリスティンが救い出され、裁判で犯人の死刑が確定しても、まともな捜査をしてくれなかった警察の処分が確定しても、心は晴れない。
スカッとするような勧善懲悪じゃない。

彼女を笑顔にしたのは、ウォルターが生きているかもしれないという希望。
自分の子供が行方不明になったという気持ちは分からない。
けど、殺人犯に残酷に殺されたと分かるよりも、どこかで生きているかもしれないと思うほうがまだ救いがある気がする。
他人なら故人のことは思い出にできても、子供の死を忘れられるものではないだろうし。
例え踏ん切りをつける所がなくて、ずっと探し続けることになっても。
(実際最後までウォルターを探し続けたという事実はつらいものだけど)
映画(DVD・ビデオ) | Comments(0) | Trackback(0)
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